第92回 社会的企業研究会

報告内容:地域における「一人親家族の就労支援」を考える―大阪豊中市庄内「カフェぐるり」「銀座食堂」の経験を通じて

日時:2017年 1月 28日 (土曜日) 16:00~18:00

場所:生協総合研究所   プラザエフ5階 会議室

報告者: 佐々木  妙月さん (情報の輪サービス株式会社代表取締役)


報告要旨 (一橋大学博士後期課程 菰田レエ也)

佐々木妙月さん写真      自 身 の就職活動の苦労から、民間の職業安定所を作ったのがはじまり  ( 1984年 「情報の輪サービス」を 友人3人らで設立)。   バ ブ ル 崩 壊後、女性労働者が真っ先に首切りされたことを背景に 、 女性の職業的自立・地位向上のため、人材育成を重視した女性の再就職支援事業を開始 (1991年「ルトラヴァイエ」プログラム導入)。その後、シングルマザーからの相談が非常に増加。ダブル・トリプルワークで大変な就労状況、かつどこにもつなぐ場所がないという状況であったため、自分たちで働く場所を作った (2000年飲食店「grits」開店)。20~40代の女性たちに、働く場で実践を積んでもらい、飲食業の現実や経営ノウハウを知ってもらうことを軸に運営。5年間は全然儲からなかったため、銀行からの借り入れや他のビジネスでどうにか維持しながらの運営だった。 「1円を稼ぐためにはどうしたらよいのか」みんなで話し合い、様々な経営改善(ディナーやランチの見直し)の結果、 6年目でようやく利益を出した。その成功経験をもとに、2店舗目を出店。2008年リーマンショックを背景に、経営がまた厳しくなった一方、政府は緊急雇用創出事業開始。豊中市との協働のもと、「食」事業を行うソーシャルファーム事業を「緊急雇用創出事業」として開始した(2011年「ひとり親家庭の親等の就労支援と場づくり」)。重視したのは、ひとり親家庭の現状を知るところから。ワークシェアリング、地域コミュニティとのつながりを一方で 重視しつつ、 何よりも当事者の人材育成の機会を作ることに注力した。お店を作るということはどういうことなのかをゼロから学 ぶ。これまで研修すら経験する機会に恵まれなかったので 、給料を得ながら研修を受けられるようにする。 自己肯定感を持てない人が多いので、エンパワメント研修を重視する   。  ビジネススキル習得(簿記会計講座、ビジネススキル講座)等に尽力した (2011年「銀座食堂」)。また、スタッフの夢や希望を反映したお店作りも重視。例えば、銀座食堂では夜営業も開始しワークシェアリング。 2012年のカフェ (18人の女性作家の作品も委託販売)では、2階を子供を預けられる場所にしたり、 下町の庄内では珍しく非常にオシャレな店構え(デザイナーも協力)にした。 2016年には、高齢者 や 若者ななど、誰もが働ける職場を作っている             (「ごはんやぐぅ」)。

第92回社企 会場写真全体一方、2005年から、情報の輪サービス株式会社を母体に、非営利部門としてNPO法人ZUTTOも開始。若者居場所づくりや子ども食堂なども展開している。子ども食堂は地域でニーズが高く、寄付やボランティア、助成金、フードバンク等の連携で活動をしている。ポイントはイベントではなく日常。斜めの関係を作ること。個別の対応をすることなど。帰りに自宅まで送ってゆく中で、色々な話を聞き、自宅を見る中で色々な問題が見えてくるかどうか。また、問題を発見した時、しっかりつなぐための社会資源を持っているかどうかである。

感想  コメント(菰田 レエ也)

今回の報告では、貧困問題の中でも女性の貧困(とりわけシングルマザー)が、男性のそれと比較して、深刻な状況であることをデータやお話から伺わせていただきました。まず、佐々木さん達の30年以上に及ぶ多様なご活動を短く要約することは容易ではないというのが第一の感想ですが、ここでは比較的自由に自分がこれまで研究し、経験してきたこととの関連で感想を述べてみたいと思います。筆者は、修士課程以来、女性が主な主体である労働者協同組合(ワーカーズ・コレクティブ)を「追っかけ」ながら、2015年夏には東ロンドンで貧困問題、主に女性支援に取り組んできたアカウント3という労働者協同組合へのインターンや調査なども経験してきました。今回の佐々木さんのご報告を聞いて、「ピン」ときたもの(=これまで見てきた団体との関連で、重要ではないかと推測されたこと)があったので、主にそれについて感想を書きたいと思います。

簡潔に結論から述べるならば、(女性たちによる協同型の)社会的企業の発展条件を考える場合、社会関係資本を紡ぎ出す様々な役割を演じながら、当事者のエンパワメントを引き出してゆくようなリーダーシップのあり方(単に役割と言い換えてもいいかもしれません)が重要ではないかと思いました。まず第1に、集団内部の結束(bonding social capital)を生み出す役割です。社会的排除問題に取り組む社会的企業では、当事者のニーズを感得するために、組織内部のコミュニティ形成機能は欠かせない要素です。ひとり親家庭の現状はどうなっているのか、シングルマザーの人達が何を考え、何に困り、何を必要としているのかを感得してゆくためには、支援者である佐々木さんがメンバーと築き上げてきた信頼関係が重要であったはずです。おそらく、その時に、佐々木さんがメンバー達に見せる「顔」があると思います。それは端的に「(包み込むような)やさしさ」という言葉で包み込める次元のものではない。むしろ、シングルを経験したことのある女性とそうではない女性との間で理解し合うという行為の中で、(女性という次元において仮に同質的であったとしても)何らかのコンフリクトも伴うものとして、です。また、そもそも男性を組織内部に入れるかどうかでも細心の注意が払われたと思います(例えば、ワーコレやアカウント3ではそのような話を聞きます)。しかし、そのような事がらをうまく調整しながら、組織内部の信頼関係を紡ぎ出してきた。だからこそ、シングルマザーの人達の問題を解決するためには何が必要かを「代理的」に考え、実行することができる。

次に、集団外部との社会関係(bridging social capital)を生み出す役割です。言い換えると、ここで主張したいことは、社会的に排除された人達と向き合う時の「顔」と地域や社会に向き合う時の「顔」は大きく別物であろうということです。例えば、貧困(ホームレス)問題の系譜をたどれば、炊き出しを通じて当事者との信頼形成を重視する一方、生保や差別などをめぐって学校、住民、行政との対決が避けられなかった歴史があります。今回の佐々木さんのご報告からは、主に対決のシーンをめぐるお話はありませんでしたが、豊中市との協働事業(緊急雇用対策事業)、地域の様々な団体や人との連携については伺えました。そのような様々な外部の団体との交渉能力が相当程度求められる中で、ご活動されてきたと思います。誤解を恐れずに言えば、なかなか自己肯定感を持てない当事者の力だけでは、外部との社会関係を豊富に紡ぎ出すことは難しかったのではないか。(対立や難航事例含む)外部との交渉において、社会関係を紡ぎ出す媒介機能を担える役割を果たすことができる人がいた。これが重要であったと思います。

そして最後に、佐々木さんの報告のまとめでもあったように、「苦しい時があっても仲間がいるから乗り越えられる」、「「あげる」意識から協同/協働意識へ」という「相互のエンパワメント」が重視されていたことです。おそらく、佐々木さんが創業期から果たしてきたリーダーシップ(=これまで言及してきた役割)が団体の重要な発展条件として指摘できると思います。とはいえ、いくらかの保留をして考えた方がよい側面もある。要するに、佐々木さんという特別な人(ヒーロー)だけがいたから社会的企業が発展できたわけではない、ということです。報告の最後でも述べていたように、創業当初の学生時代からやっているメンバー3人の結束が何よりも持続できた要因であるということ。実際には、相互に支え合うような関係性の中でご本人の活動のモチベーションが維持できたり、その他のメンバーがそれぞれの局面で果たしてきた重要な役割がある。これまでの活動の中で、お互いに学び合い、育ってきたという感覚を皆で作り上げる努力をしてきたことが何よりも大事なことであったのではないかと思う。今回、時間の都合上、詳細に伺うことはできなかったが、さらに欲を言うならば、これまで支援されてきた女性達が支援する側にまわったり、組織の主力になったようなケースについて、より詳細なお話を伺ってみたかった。例えば、英国アカウント3では、もともと「支援されてきた」人達が「支援する」側になって「メンター」の機能を果たしている女性達の姿を多く見た。その中で、これまでリーダーを担ってきた先代の人達から次代の人達への「引き渡し」も始まりつつあるようにも見えた。

以上、いろいろ長々と感想を述べてしまったが、今回は、これまでの社会的企業研究会の報告の中でも、極めて重要な報告であったと思う。とりわけ、女性(シングルマザー)の貧困という問題を真正面に取り上げた社会的企業の事例報告という点で重要であった。今後も、女性と貧困というテーマについて、定期的に社会的企業研究会において取り上げてゆく必要があるだろう。また、今回ご報告いただいた佐々木さんには、お忙しい中、大阪よりお越しいただいた。この場を借りて、心よりお礼申し上げます。