報告内容:非営利不動産事業と国づくり
日時:2017年6月10日(土)16:00~19:00
場所:笑恵館 ほほえみ室
報告者:松村拓也(一般社団法人 日本土地資源協会 代表理事)
感想 コメント(立教大学大学院研修生 朴貞仁)
第94回社会的企業研究会では「非営利不動産事業と国づくり」をテーマに松村拓也さんのお話を伺いました。祖師谷大蔵駅付近にある「笑恵館」に訪問しました。
近年、韓国の都心部では、階間騒音が問題になっている。隣人間の争いにとどまらず、訴訟から殺人事件までトラブルは絶えない。そんなニュースを私は度々見る。このようなことが生じる背景には何があるのか。筆者は、単純に建物の構造に問題があるだけではなく、隣人間のコミュニケーションや交流が少なくなっているからではないかと考える。問題が発生すれば理解や配慮し合うことよりも対立が先鋭化する。都市化が進むほど、人と人とのつながりは弱くなり、結果的に無縁社会を作り上げてしまったのだろう。韓国では、このような社会が抱える課題に対して、政府レベルで「マウル企業」を支援したり、「マウル共同体事業」を実施するなど、地域住民の交流を増やし、連帯を強化しようと試みてきた。
今回の笑恵館でのお話から見えてきた私的財産をコモンズ化する、土地資源を通じた地域交流や地域づくりという発想は、韓国で筆者が着目してきたやり方とはまた異なり、非常に新鮮で、興味深かった。
現在、笑恵館を運営している松村さんは東京大学建築学部の出身。建築士として会社を経営したが、1999年に倒産。会社がつぶれたのにビルを建てたので信用されるようになって新しい会社を作った。残った人達は、一級建築士もいなくて、おっとりした人達だけだったが、独創的なビジネスやアイデア力がなくても会社はできることを学ぶ過程で、一部のエリートの人達ではない、大多数の人達がいかにして生きていくのかということについて関心を持つ契機となった。2004年から、廃校を活用した世田谷ものづくり学校との関わりからまちづくりの方向へキャリアを変更した。世田谷区から色々相談を受けるようになって、産業振興公社から創業支援を依頼され、模索していく過程で、田名さんという方が来た。田名さんは自宅を開放することにより、地域を巻き込んで楽しく暮らす、みんなの場所になってほしいという希望をもっていた。このような所有者の希望を「事業」にしてゆくために、「日本土地資源協会」を設立した。2015年から、法人が管理し運営している。収入600万円位の事業、6件のアパートの賃貸が42万円程度で建物の賃貸収入を糧にして「まちづくり」事業もおこなっている。メンバーシップで会員制であるが、不特定多数で誰でも会員になることができる。会員の様々な行事についてこの空間を使用することを推奨し、そこから「事業」になっていくという流れである。みんなの役に立てたり、楽しむことができるような空間として機能する、松村さんはこれを「ソーシャル不動産」と呼んでいる。ソーシャル不動産とは、既存のビジネスとは異なり、課題の共有を基盤とする新しいビジネス手法である。不動産所有者の課題解決や願いや思いから始まってゆく不動産事業。そこを拠点にステークホルダーを巻き込んでゆく手法。毎日開いて、「いらっしゃいませ」ということで、地域交流をしている。資産の所有ではなく、土地を資源化するという発想が何よりも重要な考え方としてある。松村さんによると、土地は財産になってしまったために、個人情報保護の規制も追い風になって、笑恵館のような事例はなかなか普及していないという。また、個人として広げるのも限界がある。
非営利不動産の経営ミッションの背景には、昨今の日本の空き家事情が関係している。日本は1960年代以降から世帯主は増加しており、単身世帯の場合、世界5位(因みに、スウェーデンが1位)であり、世界中の空き家と比べても日本は非常に多い。特に、大きな家に独りで暮らす高齢者が身体的・精神的状態が悪くなると、家を処分したり、空き家は置いたまま老人ホームに行ったりすることはありふれたことであり、そのような理由で空き家は今後も増える可能性がある。一人暮らしの高齢者が増える中で活用されていない部屋、空き家が増える中、地域のコミュニティの場として、その空間を開放したり、活用してゆくことができないであろうか。空き家に鍵を閉めるのではなく、むしろ鍵を開けておくことで、「みんなの家」として新しい空間を生み出してゆけないか。松村さんによると、その空間にくる人たちは何らかの困難や悩みを抱えている、交流を必要として来ている人達であるという。彼らを「笑恵館」という空間に参加させることで、様々な問題を発見、解決してゆくことが可能である。
私有財産をコモンズ化してゆくことはいかにして可能になってくるのか。空き家を資源として活用し、地域のコミュニティの居場所として機能させてゆくという発想は非常に面白い実践事例だと思う。
最後に、3時間にわたって講演や質問に応じてくださった松村様に感謝の意を表します。また、今回研究会の下見や日程調整をしてくださった久保さん、本稿を校正してくださった菰田さんに感謝いたします。